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夢二は何者にも束縛されない自由を求めて旅を続けました。ある意味で心の旅だったのかもしれません。
明治から昭和にかけて、秋田、山形、福島、新潟とみちのくを旅した夢二でしたが、よほど歓待され居心地がよかったのでしょう、酒田には三度も滞在し、精力的に創作活動を行い、画会も大盛況であったと申します。
そして夢二ゆかりの地、ここ酒田に夢二をこよなく愛し続ける新田嘉一氏のご尽力で「竹久夢二美術館」が開館するとうかがい、孫として大変嬉しく思っています。
また、私のような者を名誉館長にご推挙いただき、大変ありがたく感謝しております。

さて、夢二は漂白の抒情詩画人と言われますが、本質は詩人であり歌人です。文学ではなく絵で詩を表そうとしたのです。高名な先生方がおっしゃるように自己流の夢二の絵は、芸術的に決して高い評価は受けないのかもしれません。しかし、どの絵を見てもそこには千枚の原稿用紙でも書き尽くせない物語があり、抒情豊かな詩があります。もちろん酒田竹久夢二美術館の所蔵画も夢二の秀逸揃いです。
そして、日本でも初めてとなりますが、私が代々受け継いで参りました「夢二が撮影した美人写真」の数々を常設展示していただくことになりました。よくご存知の夢二式美人画と瓜二つの夢二式美人写真も数多くございます。
是非、時代を超えた夢二の世界をご堪能ください。

からふねや
夢二は、相馬樓の前身である料亭・相馬屋を訪れ、この絵を贈った。

黒い帯の女

憩い

あべまりあの鐘

25歳で世を去った永遠の恋人「彦乃」

夢二式美人の源、大きな瞳の妻「たまき」

夢二には傘を持つ女の絵も多い

ポーズをとるモデルの「お葉」

「宵待草」の楽譜が届いた時の夢二
| 明治17年(1884) | 9月16日、岡山県邑久郡本庄村に、造り酒屋の二男として生まれる。本名茂次郎。 | |
|---|---|---|
| 大正10年(1921) | 2月、秋田経由にて酒田に滞在。今咲屋に泊まる。2月3日、宇八で画会を開く二百点展覧。 | |
| 大正11年(1922) | 3月、再び酒田を訪れ宇八に泊まる。4月、酒田で画会を開き滞在。4月末東京に帰る、芸者3人同行。9月、不二彦と弘前より酒田、湯田川に遊ぶ。 | |
| 大正14年(1925) | 5月、小説家山田順子と酒田を経由して、秋田県本荘-横手-湯沢を回る。 | |
| 昭和5年(1930) | 6月、東山温泉、会津若松、福島、郡山、山形県五色温泉を旅行。9月、酒田、秋田を旅行。 | |
| 昭和9年(1934) | 1月、長野県富士見高原療養所に入院。9月1日、肺結核により永眠。 |
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